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【第90回】NEW
日時: 2008年 3月 27日(木) 14時〜
場所:名古屋大学 文学部棟127号室
「西アフリカの都市の若者文化のフレームについての一考察:ブルキナファソ、セネガルの事例から」
本発表で紹介するのは、アフリカ諸都市における代表的な若者文化である、ラスタやセネガルのイスラーム、ムリッドの一派のバイファルの若者たちの事例である。従来、アフリカの若者文化はこれら二つの文化の起源に通底するように、植民地支配への抵抗を根幹として様々な文化表象を生んできた。ラディカルなアフリカ中心主義や民族主義に陥る人々がいる半面で、都市混交状況の中で若者たちはこれらのモードを抽出してアフリカ独特の文化を構築してきた。
これまで様々な研究者が分析してきたように、若者文化とは、反社会的な行為(=「逸脱」)を敢えて行い、ある一定の時期にこうした行為を行うことから「卒業」するところに特徴を持つ。本発表では、このような若者文化の概念を、アフリカの都市の事例(ブルキナファソ、セネガル)を示すことによって、「アフリカの若者文化」に摺り寄せることを目的とする。
本発表で紹介するラスタ、バイファル共に、都市を中心に展開していること、外在的には「不良(=Bandit)」としてステレオタイプに捉えられている点で共通している。さらに、これらの起源はそれぞれ、キリスト教的、イスラーム的な背景を持つという意味では全く異なったルーツをもつものの、双方が生起した19世紀末から20世紀初頭の時代背景を考えれば、宗主国への反抗が、この二つの宗教(社会)運動を盛んにした最大の要素であったことは明らかである。現在では、植民地支配への「抵抗」は、西欧への反抗、「アフリカ性」の尊重という形に転化しているが、ラスタやバイファルであることの動機になっている。ラディカルに宗教実践を行う人々には、当然このことが意識されているが、アフリカの自立や発展を促すラスタやバイファルの思潮はラスタやバイファルでない一般の人々にも広く共有されている。そして、一般市民は、都市を闊歩するいかがわしい存在としてだけではなく、そうした思想を尊重するというように、両義的にラスタやバイファルを捉えているのである。
一部の都市のラスタ、バイファルは「逸脱」行為に手を染めているが、「逸脱」から抜け出し、「正しく」生きようとする若者の姿も散見される。こうした若者たちは、自分たちでアソシアションAssociationを設立したり、NGOに身を投じ、社会に貢献する活動(=市民活動)に従事している。一見、これは「卒業」の行為のようであるが、彼らはそこでラスタであること、バイファルであることを止めるわけではない。ラスタであり、バイファルとして逸脱者でありつつ、社会に適合しようとする。最後に、こうしたことがアフリカ的な若者文化として捉えることができないだろうか、という問題提起をしていきたい。
「真鍮鋳造職人集団の活動:ガーナ、アサンテの事例から」
本発表では現代ガーナ共和国、アサンテ社会における一職人集団の活動を取り上げその活動実態を示し、その上で一職人集団は当該社会においてどのような存在であるのか、アサンテの真鍮鋳造職人を事例として紹介する。
西アフリカには王権と密接に関係している職人集団が多く存在する。ガーナも例外ではない。ガーナのアサンテでは、かつて栄えたアサンテ王国において王のために金細工、絹織物、木工などの工芸が発展した。現在も王都クマシ周辺には、2〜30キロメートル程の範囲に、土器製作、紡織、染織、金属細工、木工、革細工などの専門的職人集団が居住している。
発表者はその中でも真鍮の鋳造を行っている職人集団に焦点をあて、職人たちの真鍮の鋳造・製作工程を中心にその活動を追った。もともと真鍮そのものは昔も現在もガーナで作られてはいない。真鍮は金の目方を量る分銅として用いられ、サハラ北部と南部との金交易の中で真鍮が入ってきた。その後のヨーロッパ人の西アフリカ進出の際に、大量の真鍮が現ガーナを含むアカン地域にも入ってきたと考えられる。
西アフリカにおいて職人集団について考察する場合、まず王権を持つ宮廷はパトロンとして職人集団との関わりが語られる事が多い。ガーナの職人集団もまた、しばしば王権と結びつけ語られたり、その鋳造技術のみに焦点が当てられてきた。しかしながらその商業活動実態についてはあまり言及がなされていないように思われる。
発表者がアサンテにおいて真鍮鋳造職人のいる村で調査を行った際、職人集団の活動をみる限りそれらには王国との関連があまり見られなかった。これはかつての職人を取り巻く環境、政治体制が大きく転換したことにより、職人と王国との関係も変化したこともその一因として挙げられるのではないだろうか。というのも、王国の真鍮製作は王国が崩壊した19世紀に1度断絶した可能性があるからである。
現在アサンテの真鍮の鋳造を行う職人たちは多岐にわたる活動を行っている。キーホルダーや栓抜きなど身近で親しみやすい日用品までもが製作されるようになってきた。またNGOや海外と積極的に関わりながら、新たな市場を開拓し、今までになかった新たなデザインや真鍮製品を生み出し、伝統工芸の現代的な展開を見せているのである。
「都市混合言語コードとしてのシェン(Bantu G40E):言語動態論的分析とその周辺」
アフリカにおける言語実践を特徴づける顕著な特質のひとつは,その多層的な言語使用の在り方であり,大都市ナイロビにおいては正にその典型を見ることができる.母語としての現地民族語(local languages),地域共通語としての内陸スワヒリ語(upcountry Swahili),そして公用語としての揺るぎない地位にある英語の三言語が,言語使用域(register)を部分的であれオーバーラップした形で用いられる環境では,いわゆるコード切り替え(code switching)が常態的に認められ,シェンはまさにそれを土台に発生したコミュニケーション・コードとして理解される.このような背景を含めた形で,ひとつの言語動態としてシェンを捉えたとき,これを読み解くうえで不可欠な視点として,1) 当該コード自体の言語構造的特性,2) 接触による言語変容を説明する一般理論モデル,3) 新興コードの使用範囲拡大を可能せしめる社会的要因,の三点が浮かび上がってくる.これまでのシェン研究は,一般に3) の視点に偏重していた傾向があるが,報告者が進める研究においては,1) の解明に中心的な焦点を当てつつ,2) の言語動態論的な理論モデル構築のための,実証に基づいた貢献をなすことを目的としている.一方で,とくに3) の視点については,本研究会参加諸氏とのinterdisciplinaryな議論から有意義な展望が得られることを望んでいる.
以上のような射程において,報告者は現在シェンの動詞複合体(verbal complex)の形態統語論的構造(morphosyntactic structure)の記述に取り組んでいる.混合言語一般の成立過程においては,その文法的規則の簡略化(simplification),語構造の孤立/分析化(isolation/ analyzation)の2つのプロセスの重要性が従来指摘されている.しかしながら,いくつかのシェンの書記テクストをデータとした分析からは,そのバイアスからは逸脱するような現象を見出すことができる.ごく簡単な例を示せば,内陸スワヒリ語における関係節表示の最も分析的な(analytic)方法(スワヒリ語学で言うamba-(AG) relative)は対象としたテクスト内では一例も現れず,代替的に(AG)-enye(〜を持った)という所有関係詞の純粋関係詞としての使用が顕著であるという現象が認められる.こういった現象から,単なる簡略化,分析化という一般的傾向を制約する力としての「構造的パターン(prefix-stem構造)の維持(或いは広義のstructural leveling)」というベクトルが,むしろ優先的に作用している可能性を示唆する.さらには,現地民族語からの文法レベルの影響,また昨今言語(理論)研究において注目されている語用論的な(pragmatic)要因の言語構造への影響といった問題に触れながら,シェンが有する/ことになるであろう形式的混質性(hybridity)について論じる.
2007年6月より、「アフリカのポピュラーカルチャー」を特集しております。*** チラシ(PDF)***
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